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徳島地方裁判所 昭和33年(ワ)113号 判決

原告 辻理一 外一名

被告 国 外一名

国代理人 大坪憲三 外二名

主文

原告等の被告徳島県に対する訴を却下する。

原告等の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等は、「被告等は原告に対し、徳島県板野郡北島町鯛浜字外野番外四十三番堤敷二畝十四歩を返還せよ。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、徳島県板野郡北島町鯛浜字外野番外四十三番堤敷二畝十四歩(以下本件土地という)は原告等の所有であるが、原告等の先代訴外亡辻孫四郎は明治十五年頃被告国(当時の内務省)及び被告徳島県との間に本件土地に堤防を設置するについて堤敷として無償にて使用する使用貸借契約を締結してこれを貸与し同地に堤防を設けたが、近時に至り堤防の必要がなくなつたため被告等は管理を怠り、更に水害予防のための堤防として提供されたものであるにもかかわらず被告等は昭和三十一年末頃堤敷所有者の同意を得ず契約目的に反してこれを四米ないし五米切崩し平坦となし従つて堤体を存しないばかりでなく、日清紡績宿舎への道路として使用されているので再三返還方請求するも言を左右にしてこれに応じないので本訴において右契約を解除し返還を求めるため本訴に及んだ旨を述べ、被告等の主張事実中、本件堤防が原告等先代の同意を得て河川附属物として認定されているとの点、本件堤防存置の必要があるとの点は否認する。旨述べた。

被告徳島県訴訟代理人は、本案前の答弁として、本件訴状に被告名義を徳島県から徳島県知事に変更したのは当事者の変更であるから異議がある旨述べ、本案につき、「原告等の請求を棄却する訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め、原告等主張事実中本件土地について原告等に所有権のあることは認めるがその余の事実は否認する。本件土地は今切川北岸堤防の敷地の一部であるが、今切川北岸堤防は今切川の洪水に備えるため訴外新見嘉次郎主唱の下に北島町民の協力により明治四年三月着工翌年五月竣工した延長三粁に及ぶ堤防であるが、今切川は明治四十三年四月徳島県知事から徳島県告示第一四二号を以て準用河川として認定され、次いで右堤防も同年七月八日徳島県知事から徳島県告示第三一二号を以て河川附属物に認定され、爾来右堤防は被告国が公物として管理権を有するもので、徳島県知事は地方行政庁の立場において国の機関としてこれを管理しているものであり(河川法第六条、第四条)、地方公共団体である被告徳島県は何等管理権を有するものではない。従つて右堤防敷地を全く管理していない被告徳島県に対しこれが返還を求める本訴請求は失当である。

尚今切川堤防は存置の必要があるものである。すなわち上流にある宮川内谷川に対し阿讃山脈より七つの支流が流れ込み更に宮川内谷川は旧吉野川へ流れ込んでいるので今後宮川内谷川や各支流の改修が完成された後一朝阿讃山脈地帯が豪雨に襲われたときは上流に氾濫せず旧吉野川に一斉に流れ込み洪水水位が著るしく高まるのでこれが下流にある今切川においてもこれが洪水に備えるため北岸堤防存置の必要があるものである。と述べた。

被告国指定代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、原告等主張事実中本件土地が原告等の所有であること、本件土地を含む堤防を設けるに当つて土地所有者であつた原告等の先代の同意を得ていること右堤防に道路が設けられていること原告等より本件土地返還の請求があつたことは認めるがその余の事実はすべて争う。本件土地上に設けられた通称「今切川北岸堤防」は、もともと同河川の洪水に備えるため明治五年頃訴外新見嘉次郎主唱のもとに北島町民の協力で完成された延長三粁に及ぶ私堤であつたが、同河川はその後明治四十三年四月八日に徳島県知事により徳島県告示第一四一号をもつて、準用河川として認定され、ついで本件堤防も同年七月八日徳島県知事によつて徳島県告示第三一一号をもつて河川附属物と認定され、爾来今日まで被告国の機関としての右知事の管理に服して来た。更に昭和四年三月八日には本件堤防は町道としての認定もうけ、堤防と道路の兼用の効能をはたすこととなつたがその後本件堤防の西部北方に日清紡績株式会社の宿舎が新しく建築されたので、本件道路上に自動車で通行できるよう堤天幅を拡げる目的で本件堤防の堤天の高さを対岸の応神村の堤防より三十糎高に切下げ方を申請し、同知事は調査の結果支障なしと認め、昭和三十一年十月三十一日これを許可し、その後申請どおりの堤防の切り下げ工事が行われた。しかし今日においても本件堤防は対岸応神村の堤防よりなお三十糎も高く堤防としての効用を十分保持しているのであり、今切川の洪水に備えてこれが堤防の存置は絶対に必要と認められるので、土地所用者の再三の陳情にかかわらず本件河川附属物の認定を取消しできない実情にある。

前述のように、本件堤防は河川附属物であると共に町道としても使用されている公物であるから、これが公用廃止の手続のとられない以上は、その基本にどのような私法上の権利関係が存在しようとも、第一次的には公物管理者の管理権に服さなければならないものであつて、権利の内容は公権により制限され、右管理権を害するような権利の行使は許されなくなつている。それ故、原告等が、本訴において本件土地の使用貸借契約を解除する旨主張しても公物としての認定を受けた後においてその廃止前にこのような私法上の契約を一方的に解除できない仮りにできるとしても右解除に基く原状回復の請求は明らかに被告の公物管理権を害するものであるからそのような請求は許されない。いずれにしても原告等の本訴請求は失当である。と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、よつてまず、当事者の変更があるという被告徳島県の主張について判断する。本訴が最初徳島県を被告として提起され後第三回口頭弁論期日において原告より訴状に「被告徳島県」と記載されたのは「被告徳島県知事」の誤記であるから訂正する旨述べられたことは記録上明らかである。地方自治体としての徳島県とその執行機関としての徳島県知事とは明らかに別異のものであつて、このように他に実在する別異の者を新たな当事者とする結果となるような場合は単なる表示の訂正とはいえない上に本件訴状の記載自体から誤記であることが明らかであるとも認められないから、当事者の変更があつたものと謂わなければならない。そして通常民事訴訟事件においては行政事件訴訟特例法第七条におけるような当事者を任意に変更することは許されていない結果被告徳島県において異議ある以上原告等の被告徳島県に対する訴の取下の効果も徳島県知事に対する新訴提起の効果も生じていないものというべきである。

二、被告徳島県の当事者適格。

そこで、原告等の被告徳島県に対する訴の適否について判断する。成立に争のない乙第一号証丙第一、二号証に証人田辺義亮、同高橋一郎、同山田正一の各証言をあわせると、本件土地はいわゆる今切川北岸堤防の敷地の一部であるが、同堤防は今切川の洪水に備える目的で新見嘉次郎の主唱により地元民協力の下に明治四年五月完成された私堤であつたが、今切川は明治四十三年四月二日徳島県知事から徳島県告示第百四十二号を以て河川法準用河川として認定され、次いで右堤防も原告等の前主訴外亡辻孫四郎を含む所有者等の同意の下に明治四十三年七月八日徳島県知事から第三百告示徳二十県島号を以て河川附属物として認定された国の公物であることを認めうる。河川法によれば、徳島県知事は国の機関としてこれを管理しなければならないが、被告徳島県は何等管理の権限を有するものではない。従つて被告たるの当事者適格を欠き原告等の被告徳島県に対する訴は不適法といわなければならない。

三、被告国に対する請求について。

前記各証拠に成立に争のない乙第二号証検証の結果をあわせると、昭和四年三月八日には右堤防は町道として認定をうけ、道路と兼用されることとなつたが、その後北島町発展のため日清紡績株式会社等の工場が誘致され、本件土地の西北部に日清紡績株式会社の社宅集団が建築されたので、北島町長から右道路上を自動車が運行できるよう堤天の高さを対岸に在る応神村堤防より三十糎高に切下げるよう申請があつたので徳島県知事において調査の結果差支がないと認め昭和三十一年十月三十一日これを許可し、後申請どおりの堤防切下げ工事が行われたが、今切川の洪水に備えて存置の必要があるので原告等を含む土地所有者から再三陳情があつたけれども公用廃止をしていない事実を認めることができ、右認定を左右しうる証拠はない。本件土地が原告等の所有であることは当事者間に争がないが、公用廃止がなされない以上、河川法によれば河川並びにその敷地は私権の目的となりえないものとされているから、使用貸借契約の解除を原因として被告国に対し本件土地の返還を求める原告等の本訴請求は失当として棄却されなければならない。

四、結論

以上の理由により、原告等の被告徳島県に対する本件訴は不適法としてこれを却下し、原告等の被告国に対する本件請求を理由なしとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 大西信雄 丸山武夫 三宅純一)

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